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認知症の入口の不安を見事に描いた映画「ファーザー」

人は年をとると認知機能が衰えてきます。それまで、できていたことができなくなったり、ついさっきのこともきれいさっぱり忘れてしまったり。その変化は自然なことだとは思いますが、本人や家族にとっては、戸惑ってしまうことも多いですよね。この「ファーザー」(原題:The Father、監督:フローリアン・ゼレール)は、アンソニー・ホプキンス演じる81歳の男性アンソニーの目を通して、認知症の症状が進んでいく方の不安や恐怖、混乱などを見事に描いた作品です。

冒頭でアンソニーの家にやってくる娘が次の場面では別人になっていたり、リビングに見知らぬ男が座っていたりと、不可解なことが次々と起こり、映画を観ている者もアンソニーの混乱を体験できるようになっています。理解できないことが積み重なっていき、不安になってくる。自分でコントロールできない状況に怒りさえ感じ始めます。孤独で不安、何が本当なのか、誰を信じればよいのかわからない。認知症の方もこんな気持ちなのかなと思いました。最後に答え合わせがあり、(ああ、こういうことだったのか)と納得感と安堵感を得られるのですが、認知症の方はそういうこともなく、不安な状態がただただ続いていくのかもしれません。私の祖母も認知症ですが、祖母もなりはじめの方はこんな心理状態だったのかなと、祖母とアンソニーを重ねて観ていました。

アンソニーの娘アン(オリヴィア・コールマン)の心情もていねいに描かれています。父のことはもちろん愛しているが、彼女にも自分の人生があり、父と離れなければいけない状況に葛藤しています。自分の知るかつての頼りがいのある父はもうおらず、保護者として守るべき存在になっている。妹の方が父にかわいがられていた哀しみや、父をうとましく思うパートナーの存在など、彼女を取り巻く環境に人生の厳しさを感じずにはいられません。でも、彼女はそのなかで決断し、自分の人生を進めていくのです。

切ないストーリーのなかにも、人間の強さが描かれており、観終わったときただ「かわいそう……」とはならないと思います。そして、重いテーマながらも、構成が素晴らしいので、エンターテインメントとしても楽しめる作品となっています。そしてなんといっても役者さんたちの演技がほんとうに素晴らしいです。アンソニー・ホプキンスはこの作品で第93回アカデミー賞主演男優賞を受賞しています。家族に認知症がいる方も、そうでない方にもぜひ見てほしい作品です。

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